A blast furnace at Nippon Steel Corp.’s Kimitsu Works steel mill in Kimitsu, Chiba Prefecture, Japan, on Friday, May 24, 2024. Nippon Steel is stepping up efforts to win over US workers and politicians for its $14.1 billion takeover of United States Steel Corp. despite stiff opposition from union leaders and the Biden administration. Photographer: Soichiro Koriyama/Bloomberg via Getty Images
  1. 日鉄×USスチール買収騒動――政治と経済が交錯する舞台裏

トランプが火を付け、バイデンが燃料を投下し、トランプが消火する―― これが今回の買収騒動の構図だろう。いわゆるマッチポンプというやつだ。

  1. 日鉄とUSスチール買収の経緯――政治介入で揺れる鉄鋼業界

日鉄とUSスチールによる買収劇は、当初、友好的に進められるはずだった。しかし、米国特有の政治事情と労組の圧力が絡み合うことで、事態は徐々に混迷を極めていく。

特に、2024年の大統領選を控え、労働者票を意識する政治家たちが買収問題に飛びついたことが、火に油を注ぐ結果となった。

ここでは、その経緯を時系列で振り返る。

■ 2023年12月18日 日鉄が米国USスチールを約2兆円で買収することで両社合意に至った。 雇用維持、投資拡大も盛り込んだ、友好的買収だった。

■ 12月下旬 USスチールの労働組合、USW(United Steelworkers)が反発。 「米国企業は米国人が守るべきだ」と保護主義丸出しの声明を発表。 副会長デビッド・マクコールは、こう吠えた。

「この会社を敵対的な外国勢力(hostile foreign entity)に渡すことは、我々にとって耐え難いことである」

日本企業をあたかも”敵国”扱いする、冷戦時代さながらの物言いである。

■ 2024年1月 トランプがSNSで「USスチールは国宝だ!外国に売るなんてありえない!」と発言。 アメリカ第一主義の復活を予感させる煽りだ。

■ 1月下旬 バイデンも反応。 「USスチールは米国企業であるべきだ」と、労組寄りの姿勢を鮮明にした。

こうして、経済合理性で進められるべき買収案件は、大統領選に向けた政治ショーへと変貌を遂げた。

  1. 日鉄がUSスチールを買収する理由――未来の鉄鋼業界を握る“最後のピース” 
Rolls of galvanized steel sheet inside the factory or warehouse.

その理由はただ一つ、未来の鉄鋼競争で、生き残るためだ。

・電動車シフト ・環境対応 ・サプライチェーンの地産地消 ――鉄鋼業界は今、100年に一度の転換点を迎えている。

この時代に求められるのは、

高付加価値鋼材 × 現地生産力

この二つを備えた企業しか、次世代の主役になれない。

日鉄には、高付加価値鋼材を生み出す技術がある。しかし、米国での現地生産力は弱い。

一方、USスチールには、米国内の製造拠点がある。電炉化も進めており、環境対応型の製鉄設備も揃いつつある。しかし、高付加価値分野では後れを取っている。

つまり、両者は、

技術の日鉄 × 現地生産力のUSスチール

互いに足りないピースを補完し合う、理想的な組み合わせだった。

日鉄にとって、USスチールは、未来を生き抜くための最後のピースだったのである。

  1. 日鉄USスチール買収を阻む“米国の壁”――労組と政治が仕掛ける保護主義の圧力
https://youtu.be/HziTfT6zNHA?si=PtbrSwQUbWkH7ONn

クリーブランド・クリフスCEO、ローレンス・ゴンカルベスもまた、この買収劇で暗躍した人物だ。印象に残っている人も多いのではなかろうか。
クリーブランド・クリフスは当初、USスチールに買収提案を行ったものの、経営陣に拒絶されたことで態度を硬化。
その後は、「外国企業に渡すな」と保護主義を掲げつつ、労組USWとも歩調を合わせ、日鉄包囲網を形成した。

そして、彼が象徴的に放った一言がある。

「China is evil, but Japan is worse」(中国は邪悪だが、日本はもっと悪い)」

ナショナリズムと対外感情がないまぜになった、この鉄鋼業界特有の価値観。
そこに、大統領選を控えた政治思惑が絡み、日鉄の合理的な未来戦略は、米国保護主義の泥沼に引きずり込まれていった。

  1. 日鉄はなぜUSスチール買収を諦めないのか――鉄鋼業界の未来を賭けた覚悟 
The Nippon Steel Corp. Kashima plant at night, seen from a park in Kamisu, Ibaraki Prefecture, Japan, on Tuesday, Dec. 19, 2023. Nippon Steel will buy United States Steel Corp. for $14.1 billion to create the world second-largest steel company and the biggest outside of China with a key role in supplying American manufacturers and automakers. Photographer: Toru Hanai/Bloomberg via Getty Images

それでも日鉄は諦めない。鉄鋼は、もはや単なる素材ではない。

自動車、環境、安保――あらゆる産業の基盤であり、未来を握るものだ。

その未来をつかむために、日鉄は泥水をすすってでも進む。

そして、その道の先には、鉄鋼業界の新たな地図が待っているはずだ。

投稿者 イーロン